AIはまだ赤ちゃんほど効率よく学べない

赤ちゃんはわずかな情報から効率よく世界を学ぶことができる。乳幼児の視点映像を使った研究から、その脳の仕組みがAIを大きく進歩させる手がかりになる可能性が見えてきた。
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Photo-Illustration: WIRED Staff; Getty Images

最先端のコンピューターチップを数千個も使うAIモデルを賢いと思うなら、1歳児の学習能力に目を向けてみてほしい。

確かに、赤ちゃんはコンピュータープログラムを書いたり、高度な数学の問題を解いたり、哲学的な議論を交わしたりはできない。だが、膨大な学習データを取り込み、小さな国の年間消費量に相当するほどのエネルギーを使う現代のAIモデルとは異なり、赤ちゃんは驚くほど効率よく世界を理解することができる。新しい物体を一度か二度見ただけで見分けられるようになり、ほんの短い観察や実際に物に触れる体験から学ぶことができるのだ。

赤ちゃんを手本にしたAI

AIを改良するうえで、赤ちゃんとその脳の構造は重要な手がかりとなる可能性がある。赤ちゃんのように学べるAIをつくれば、最先端モデルにかかる費用やエネルギー消費を抑えられるかもしれないということである。また、AIを搭載したロボットが周囲の環境をより自然なかたちで理解し、学んでいくうえでも役立つ可能性がある。

この未知の領域を探究するため、メタ・プラットフォームズ、スタンフォード大学、東京大学、フランスの高等師範学校の研究者らは、赤ちゃんの学習能力に焦点を当てた新たな評価手法「EgoBabyVLM Challenge」を開発した。これには、赤ちゃんと同じように学べるアルゴリズムの開発をAI研究者に促す狙いがある。

「EgoBabyVLM Challenge」は、文章と画像の両方から学習する視覚言語モデル(VLM)が、赤ちゃんの視点から見た世界をどこまで理解できるかを評価するものである。モデルには、乳幼児の頭に取り付けたカメラで撮影した約1,000時間の映像を読み込ませ、そこに映る世界を説明させる。実際に乳幼児の頭にカメラを取り付けて撮影した映像を使うのだ。

この評価手法を使ったところ、現実世界の雑然とした映像を与えても、最先端モデルはまったく対応できないことが判明した。この結果は、赤ちゃんの脳の構造はAIのものとは異なり、わずかな情報から短期間で学ぶことを可能にする特徴があることを示している。

赤ちゃんは選別して整理されたデータセットではなく、次々に移り変わるさまざまな出来事を見聞きしながら学ぶ。たとえば、親がすでに見えなくなった物について話したり、視線や身ぶりで何かを指し示したり、目の前で起きていることではなく、過去や未来の出来事について話したりする状況から学ぶことができるのだ。

また、赤ちゃんは言葉だけでなく異なる形態の情報を含む豊かな体験や、実際に物に触れる経験からも学んでいると、言語学習の専門家でEgoBabyVLMの開発に携わったスタンフォード大学の認知科学者マイケル・フランクは説明する。

この評価手法から、「AIには言語だけでなく、ほかの要素も必要であることは明らかです」と、フランクは語る。

少ないデータでも言語を学べる

EgoBabyVLMは、科学者がAIを使って人間の知能の仕組みを解き明かそうとする最新の研究のひとつにすぎない。2023年に始まった「BabyLM」の研究では、10歳児がそれまでに触れるのとほぼ同じ量のデータを使い、AIモデルに言語の構文を学ばせた。一般的なAIモデルが数兆語を学習するのに対し、この研究で使われたのは数��万語である。

驚くべきことに、複数の文にまたがる単語同士の関係に注目して言語を処理するトランスフォーマー型AIモデルは、この課題をかなりうまくこなせることがわかった。この結果は、構文を学ぶための仕組みが人間の脳に生まれつき備わっているとするノーム・チョムスキーの考えに疑問を投げかけるものである。

ただし、物理世界を理解するとなると事情は異なると、BabyLMを考案したスイス連邦工科大学チューリッヒ校の言語学者ライアン・コッテレルは指摘する。「人間同士の交流を大量に記録したデータは存在しません。そうした交流の情報が集まるインターネットなどないのです」

マサチューセッツ工科大学MIT)の認知科学者ジョシュア・テネンバウムは、BabyLMによって、モデルには物理世界や人間関係を理解し、他者の心を推しはかるための「常識」が身につかないことも示されたと指摘する。

「トランスフォーマーは、データのなかから規則性を見つけることには非常に長けています」とテネンバウムは語る。「しかし、規則性だけを学習する仕組みでは、赤ちゃんや子どもが受け取るような情報から、子どもが身につけるさまざまな能力をすべて学ぶことはできないようです」

AIに足りない脳の仕組み

人間やほかの動物がもつ特定の学習能力は進化の過程で最適化されたのか。それとも、単純な学習アルゴリズムだけで人間ができることをすべてこなせるのか。この点についてはいまなお議論が続いている。

「脳のさまざまな能力のうち、どれほどが進化の過程で獲得されたものなのかは、認知科学や神経科学で盛んに議論されています」とテネンバウムは語る。「脳は驚くほど複雑で、もともと備わっている構造や仕組みも数多くあるのです」

研究者らは2024年、1人の乳児の頭部に取り付けたカメラで撮影したデータだけでも、基本的なVLMが「ボールとは何か」といった単純な概念を学べることを明らかにした。だが、世界について高度に推論できるようになるまでには、まだ大きな隔たりがある。「子どもが2歳ですでに見せるほどの幅広い能力を、どのように身につけるのかはまだわかっていません」と、このプロジェクトに携わったプリンストン大学の認知科学者ブレンダン・レイクは語る。

EgoBabyVLMの論文の著者らは、認知科学や神経科学のさまざまな知見を取り入れることで、人間のように学べるアルゴリズムの開発が進む可能性を指摘している。たとえば、長期にわたって注意を持続し、言葉以外の振る舞いから意図を読み取れるモデルなどだ。

スタンフォード大学のフランクは、新たな手法によって赤ちゃんのように学べるAIに近づける可能性をすでに示している。今年に入り、フランクらは乳幼児の視点で撮影した同じ映像を使い、因果関係や視覚的、時間的な関係、つまり物体同士が時間の経過とともにどう影響し合うかを学ぶことに長けた新たなモデルの性能を評価した。その結果、新モデルは物理的な推論の基礎となるさまざまな物体の動きや相互作用をはるかに効率よく学習できることがわかったのである。

ここから興味深い可能性が見えてくる。物理法則や人間関係など、特定の事柄をより速く学べるよう設計されたモデルは、全体としてもより効率よく学習できるのかもしれない。

「EgoBabyVLMは非常によくできた評価手法です」とレイクは語る。「これから研究者たちがどのような新しいモデル構造や手法、技術を生み出すのかを楽しみにしています」

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma, Edit by Mamiko Nakano)

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